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湾曲したトンネル


トンネルだらけの上越新幹線に、「中山トンネル」というものがあります。このトンネルは上毛高原のすぐ北に位置する山岳トンネルで、地図でみれば何の変哲もない普通のトンネルです。しかし、実際に列車が通るときはトンネルの中ではわざわざ160km/hまで減速をして通過しています。なぜわざわざ減速をしてしまうのでしょうか。

通常運転している列車が減速するときは大抵停車駅に差し掛かったときか、あるいは沿線や線形の制約によってやむをえず減速する場合が多いです。
中山トンネルの場合は後者に当たります。地図では分かりませんが、実は中山トンネルの中には半径1500mという新幹線からみたら急カーブが存在します。
どうせ山を貫くのだし、この頃になればトンネル掘削技術も進歩しているわけなのに、なんで急カーブが出来たのでしょうか。

もちろん最初はこんなカーブを作る気はありませんでした。しかし、掘削工事中にある事故が起きました。
中山トンネルが通過する山はもともと大量の水がたまっていて、そこにトンネルを掘ったので出水事故が起きたのです。

当時すでに湧出防止の方法というものはありました。薬液を差して岩盤を硬くするという等がそれだったのですが、なにしろ水がめ状態の山でしたから、1分間に100t以上という半端ではない量の出水だっために、これらの方法では止められなかったのです。

さらに、この事故が他の出水事故と違い決定的な大問題になった訳は、事故が上越新幹線の開業直前だったということ。この事故で溢れだした水は取り除くのに半年かかるということで、開業は延期になったのでした。

その後、事故現場はあきらめてルートを変え、1981年12月に貫通しました。しかし、事故でルート変更した所には急カーブが出来てしまい、そこは仕方なく160km/hの制限速度がかけられたわけです。

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しかし、この急カーブが後に問題になります。一時期上越新幹線で行われた下り坂での高速運転の時のことです。

これは、当時世界最速を誇っていたフランスのTGVを意識し、一時的にでも275km/h運転(当時世界最速は270km/h)を実現させようというもの。舞台は越後湯沢付近。大清水トンネル内から始まる連続した下り坂を使って速度を上げ、275km/hまで到達させるというものでした。

しかし、それには中山トンネルの急カーブが問題となりました。大清水トンネルでの連続した下り坂の直前には連続した上り坂が存在しているのです。そこにきて中山トンネルで160km/hの制限速度を受けると、上りの場合は275km/hから制限速度の160km/hまで減速するのは不可能だし、下りにしても大清水トンネルへの助走距離が足りなくなり速度が上らない恐れがあったのです。

そこで調査した結果、下りでなら中山トンネルでの制限速度が解除されたあとすぐにフルノッチで加速すると、なんとか大清水トンネルの下り坂に200km/hで入ることができ、トンネル出口付近にある越後湯沢駅のあたりで275km/hに達することが出来るということがわかったのです。こうして上越新幹線での275km/h運転を行うことが出来たのです。

中山トンネルでの出水事故は現場で多大なる被害をもたらしただけでなく、上越新幹線開業の遅れやその後の列車運行に大きな支障を起こすなど、後々にも影響する傷跡を残しました。
この事故は、いかにトンネル工事が難しく、複雑であるかがよく表れていた例ですね。


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"旅始駅〜鉄道旅行のターミナル〜"was written by 209-0