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2006年3月ダイヤ改正の分析・見解

JR東日本:05年12月27日記

今回の2006年3月のダイヤ改正は、JR東日本と東武鉄道の相互乗り入れ開始など、注目される改正が結構あります。
また、この改正で常磐線から103系が消える模様です。

(参考:JR東日本公式HPのPDF) 

今回のダイヤ改正の内容(JR東日本) ※色付きは今回取り上げる改正

新登場・増発・増備など

●JR東日本⇔東武鉄道の特急の相互乗り入れ開始

●グリーン車Suicaシステムの範囲拡大

●フレッシュひたち増発(通勤快速が普通格下げ)

●常磐線パターンダイヤ化

●スーパー白鳥785系増備

●東海道線E231系増備

●りんかい線にも女性専用車導入(夜のみ?)

廃止・淘汰・短縮など

●常磐線103系の淘汰

●東海道線113系の淘汰

●寝台特急「出雲」が廃止

●寝台特急「日本海1・4号」運転区間を大阪〜青森へ短縮

計画のみ・・・東海道線車両不足を補うため、横須賀線E217系を10+4両編成に整理のうえ東海道線へ?


JR東日本⇔東武特急の特急の相互乗り入れ開始

この改正では、JRと東武の両会社だけではメリットにならなかった日光・鬼怒川方面列車を活性化させるべく、両会社で相互乗り入れをしての新宿〜日光・鬼怒川方面直通列車が登場します。

具体的には、JRの新宿を出発し、貨物線やJR宇都宮線を通り、栗橋で東武日光線に乗り入れ、そのまま乗り換えナシで東武日光または鬼怒川に到着できる特急列車を新たに設定します。
車両はJRと東武の両会社から用意され、JR側が485系改造車、東武側がスペーシアを使用します。列車名は行き先にあわせ「日光」「きぬがわ」、東武のスペーシアの使われる列車は「スペーシアきぬがわ」となります。日光方面列車にはスペーシアは使われないようです。

列車は全車指定席。スペーシアにある個室はそのまま個室として使用されるようです。

〜〜〜〜〜

しかし・・・両会社の過去の出来事を知っているものには、今だに信じられない出来事です。というのも過去にこの両者は、壮絶な「客取り合戦」を繰り広げたことがあるからです。

日光列車における両社の競合が始まったのは戦後から数年たったころ。戦前から東武が日光へ優等列車を走らせていましたが、戦時中は休止。戦後の1948年に特急の日本人乗車が許可され、東武の日光特急が実質復活。3年後の1951年には新型車両を投入してスピードアップしました。

ところが、当時の国鉄は新型気動車(キハ55系)を使用した準急「日光」を1956年に登場させました。これに対抗すべく、東武が同年に高性能ロマンスカーを投入し大幅スピードアップを図り、主要時間で国鉄にリードしました。

そこで国鉄は、東北線の電化と同時に日光線も電化させ、1959年に当時東海道線を走っていた151系(こだま型)に準じる157系を投入。車内設備は冷房設備が無い他は特急「こだま」と同じで、今のグリーン車に当たる二等車も連結。それでいて種別は準急のままだったので、すぐに人気を集め、同車は「日光型」とよばれました。
主要時間も、東武特急にかなり近くなりました。

しかし東武も負けてることは出来ず、翌年1960年にデラックスロマンスカーを投入。同車は国鉄の二等車並のオールリクライニングシートという豪華な車内設備を誇りました。

車内設備および主要時間で両社は互角。それでも料金で東武が勝っていました。ここで国鉄がさらに対抗するか・・・という期待もありましたが、あくまでも準急である「日光」をこれ以上豪華にすることはできず、また157系は東海道線の不定期特急「ひびき」に利用されるようになり(同車の愛称も”ひびき型”となる)、「日光」には165系が使用されるようになるなど、国鉄は日光からは完全に撤退してしまいました。

その後平成になり、東武はスペーシアという新しい特急車両を開発し同会社の看板列車として今も君臨。一方の国鉄→JRは、臨時特急などが走るのみとなりました。

〜〜〜〜〜

これだけの因縁対決をしたにもかかわらず、現代になりこうして手を結ぶようになったのは、日光観光客の減少の深刻さが背景にあります。
減少気味の日光方面の観光を盛り上げるべく東武の日光特急には期待がかかりますが、東武の都心のターミナルである浅草では手狭でアクセスに難がありこれ以上の改善は望めません。そこでJRの路線を活用したというのが最終的な形となるでしょうか。

ところで今回は相互直通という形になり、車両をJRと東武の両方から用意することになったのですが、車内設備で両社でかなり差が出たのではないかと思います。
東武は人気車両を惜しみなく投入しやる気満々なのにたいし、JR側は車内設備ではまるでやる気があるのか無いのか分らないような改造のみの車両を用意しました。せめて251系に準じた車内設備を持つ車両を用意しなければ、東武に対してもメンツが立たないような気もします。この辺に、JRの役人的な商法が出てますね。
とはいえ、埼京線も混じってくる新宿〜池袋間で列車を新たに設定したことは良いことだと思います(どうせ埼京線を減便したんだろうけど)

それにしても・・・新宿や池袋や大宮に「スペーシア」が走るのか。時代も変わりましたねぇ。


グリーン車Suicaシステムの範囲拡大

首都圏では、2004年秋からグリーン車を導入した宇都宮・高崎線と湘南新宿ラインの普通列車で「グリーン車Suica」というシステムを導入していました。これはSuicaのICカードの機能で普通列車のグリーン車に乗れるシステムですが、対応できる機械が新車のE231系のグリーン車にしかなく、これまでは先述の路線で先行的に導入していました。

この改正では、範囲が首都圏を走る普通列車グリーン車すべてに広がります。具体的には東海道線、総武快速・横須賀線、宇都宮線の宇都宮〜黒磯に導入されます。
おそらくE217系など、首都圏のグリーン車すべてに機械を設置する工事を施すのではないかと思います。でなきゃシステムが導入できませんし。

また、すべてのグリーン車に「グリーンアテンダント」という、車掌乗務と車内販売をする人が乗ります。今のところすべての人が女性のようです。

さて、このシステムの導入にともない、これまで東海道線などで存在したグリーン券のホームでの自動販売をやめ、ホームではSuicaによるチャージやSuicaグリーン券しか購入できなくなります。つまり、ホームでは紙のグリーン券は購入できなくなります

これ、結構こまります。例えば、衝動的にグリーン車に乗りたくなったとしても改札内にみどりの窓口がない限り、Suicaをもっていない人はグリーン券が買えないのです。グリーン車の車内では料金が高くつきますし・・・。


寝台特急「出雲」が廃止

寝台特急「日本海1・4号」運転区間を大阪〜青森へ短縮

東京〜出雲市間を山陰本線経由で結んでいた寝台特急「出雲」が廃止されます。また、大阪〜函館を比較的リーズナブルに結んでいた寝台特急「日本海1・4号」が、大阪〜青森に縮小となります。 これで、またもや寝台特急が縮小化されることになりました。

「出雲」は山陰本線の京都〜米子間で綾部・福知山・豊岡・城崎温泉・香住・鳥取・倉吉に停車していましたが、廃止後は東京〜出雲市を伯備線経由で結ぶ「サンライズ出雲」が通らないこれらの駅では、もう寝台特急の恩賜を受けられないことになります。

廃止以前の「出雲」は飛行機や新幹線の最終よりも遅く出て、飛行機や新幹線の始発よりも早く現地に到着する、という夜行列車の黄金ダイヤでした。 
廃止後は、鳥取・倉吉の場合は「サンライズ出雲」を使い上郡で「スーパーいなば」に乗り換えて鳥取(快速に乗り継いで倉吉)へ行くルートになるようで、倉吉の場合は廃止前の「出雲」より1時間ほどスピードアップされるようです。

黄金ダイヤを組んでいたにも関わらず「出雲」は廃止になった要因はなんでしょう。機関車付け替えのコストを削減するためでしょうか。確かに山陰本線は非電化区間があり、途中で機関車の付け替えという面倒で人件費もかかる作業が必要だったでしょう。
しかし「出雲」はこれまで何年も運転されていて、寝台特急の廃止が相次ぐ昨今においても今改正までは生きながらえていました。コストを削減したければもっと早く廃止になっていたはずです。

すると、やっぱり”利用客が少なかった”というのが原因になってきます。これもコスト問題と同じ理由で今さら廃止する理由は無いようですが、鉄道の「公共機関」としての役割を果たすために、今まで廃止されずに残っていたのでないかと思います。

 

鉄道が「公共機関」である限りは、収益で少しぐらいの無理があっても利用客の足を守るために運転されるべきで、昨今の「出雲」もそのために走っていたのではないかと思います。
しかし、登場当初はそれなりにいた利用客が極端に少なくなったらどうでしょう。1両あたり1・2人の利用客のために多くの人や金を使ってまで列車を運行するとなったらどうでしょう。そのとき他に移動手段があり利用客がそちらを選ぶのなら、無駄な列車を走らせる意味はありません。

こうして多くの利用客にとって「必要の無い列車」となった寝台特急がどんどん廃止されていったのだと思います。しかし「出雲」に関してはかならずしもこれに当てはまるとは限らないようです。

「出雲」は走っていた地域は、兵庫県内〜鳥取を中心に交通の便が悪く、「出雲」廃止に反対して鳥取県知事などがJRを直訴する考えを出したほど。
それでもJRが半ば強行的に「出雲」を廃止するということは、それだけ利用客の減少がハンパでないものだったのかもしれません。

また、JRには「出雲」を廃止しても変わらぬ利便性を保てるという考えがあるようです。
もし本当に利便性を保てるのなら、おそらく2・3年後には「出雲」は利用客に忘れ去られていくでしょう。場合によっては、「あの時はなんであんな列車に乗っていられたんだろう」と思うようになるかもしれません。

というのも、時代の流れとして「高速化」があるから。移動にある程度の余裕さえあれば、到着は早ければ早いほど喜ばれるのが今の交通機関の風潮になっています。「速い=便利」が強調され、これまで寝台列車などの売りだった「乗り換えなし=便利」という公算は今では必ずしも当てはまらないのです。
余談ですが、「乗り換えなし=便利」の公算が成り立っている列車があります。山形新幹線・秋田新幹線と呼ばれる「つばさ」「こまち」がそれ。直通による時間短縮は無いものの、直通を始めてからは大盛況となっています。

そういう今の”高速志向”の流れに「出雲」も乗ってしまったのではないでしょうか。「日本海1・4号」の運転区間縮小もしかり。「あると便利だけど、無くても良い」というのが、利用客から見た寝台列車なんだと思います。

 

ちなみに・・・
今は高速志向が大きいですが、それが多少なりとも和らぐことがあったなら、やり方しだいで再び寝台特急は息を吹き返すことが出来るのではないかと思います。


東日本旅客鉄道(オフィシャルサイト)

2006年3月ダイヤ改正のJR東日本公式HPのPDF

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一言コラム:しかし信じられない>JR⇔東武の相互直通

"旅始駅〜鉄道旅行のターミナル〜"was written by 209-0